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| 7日 | 「強く、雄々しくあれ」 ヨシュア 3章 5節, ルカ 5章 4節
井上義実 牧師 |
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| 「『沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。』と言われた。」
ルカ 5章 4節後半 |
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| 年頭の礼拝では教団に与えらました聖句・標語からメッセージをしてきました。この2箇所の聖句の関連から見ていきましょう。 ヨシュア記3章は荒野の40年を経て、カナンの地に進んでいく民族的な転換点になります。ルカ5章はペテロたちが徹夜で働いても不漁だった朝に、イエス様に従ったところ大漁となり、さらに弟子として召された個人的な転換点です。集団と個人の神様からの節目です。 それぞれの心の内はどうだったでしょうか。モーセを引き継いだヨシュアは、強いカナンの民との戦いを控えていました。恐れと不安のなかにあったでしょう。ペテロたちは、経験も力も空しく、不漁に自信を打ち砕かれていました。彼らの心のうちには暗いものがおおっていたのでした。 神様はそこに業を起こされます。ヨルダン川は見えない堰があるかのように流れは止まり、乾いた川底を渡ってカナンへの第一歩が記されました。ペテロたちは漁の常識では考えられない大漁に出会いました。彼らの共通点は、心に暗さを抱えていても、不安や恐れがあっても神様に従ったということです。 新しい神様の御業を信じて従いましょう。 |
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| 14日 | 「神の業を拝する」 イザヤ 43章 14-21節
井上義実 牧師 |
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| 「見よ、わたしは新しい事をなす。やがてそれは起こる、あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる。」
イザヤ書 43章 19節 |
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| 今春の異動について大きな衝撃が続いていると思います。これまでの働きは無駄ではなく、もっとすばらしい神様の業を拝することを信じます。今年は「新しいことをなす。やがてそれは起こる」という御言が与えられました。 神様はご自分を表されるお方です。神様は私たちが見える形では表れませんが、聖書を通してご自分の姿を現されます。聖書ほど解りやすく身近な経典はありません。神様を間近に覚えることができるのです。ここには、創造者でありあがなう者と出てきます。私たちを作られた神様は、責任をもって私たちを御元へと導いてくださるお方です。 神様が関わってくださるのは個人的な救いだけではありません。イザヤはここで、過去の出エジプトの御業、未来のバビロンからの解放という御業、将来の新たなる御業について語っています。出エジプトもバビロンからの解放も神様の大いなる御業でしたが、それさえも思い起こす必要はないと神様は語られます。生物の営みがない荒野に行きかう道が設けられ、一滴の水もない砂漠にとうとうと水が流れます。 神様は私たちの思いも想像も超えて神様の働きを見せてくださいます。期待しましょう。 |
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| 21日 | 失敗を糧とする ヨシュア 8章10-23節
井上義実 牧師 |
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| 「ヨシュアは明くる朝、早く起きて、民を集め、イスラエルの長老たちと共に、民に先立って、アイに上っていった。」
ヨシュア記 8章 10節 |
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| クリスマス、年末年始をはさんで11月以来のヨシュア記を開きます。ヨシュア記は指導者が変わる転換点の記録ですが、私に転任が持ち上がる以前からここが開かれました。最初のメッセージで語った一節です。「私たちの新座教会も、新しく主に仕えていくという転換点に立っているのではないかという思いがします。この時代に、この地域に、備えられている魂のために、私たちはさらに、今までのものを越えて、新しい思いで仕えていかなければならないということを感じています。」「神様は荒野でマナを降らせておられただけではありません。次の時代を切り開いていくこの日のために、人を備え、さまざまな準備を進めておられたのです。」全てが神様の導きであることを信じています。 さて8章に進みますが、アイ攻略にイスラエルは失敗しました。アカンの貪りが直接の原因ですが、民にもヨシュアにも慢心が生じていました。改めてヨシュアは祈って、全力を尽くしました。無心になって、神様の計画を知りました。神様の御心を知るためには明け渡さなければならないのです。そして従う時に神様は御業を表されます。神様の祝福を、栄光を共にこの年見させていただきましょう。 |
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| 28日 | 「神様が共におられる」 ヨシュア 10章 6-14節
井上義実 牧師 |
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| 「これよりも先にも、あとにも、主がこのように人の言葉を聞きいれられた日は一日もなかった。主がイスラエルのために戦われたからである。」
ヨシュア記 10章 14節 |
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| 今日は10章が開かれましたが、先の9章はアイでの2度目の戦いのあと、カナン人にはイスラエルと連合して戦おうとする動きが起こりました。ギベオンの住民は勝機なしと見て、策を巡らしました。遠くからの旅人を装って、イスラエルと講和を結ぼうとしました。ヨシュア始めイスラエルは主のさしずを求めずに、彼らの言葉を信じました。契約を結んだ後、真実を知りました。神様の前に誓った約束を破ることはできなくなりました。私たちも神様を求めず、自分の判断で過ちを犯しやすいものです。 この出来事の後、カナンの王たちは自分たちの生き残りしか考えなかったギベオンを滅ぼそうとしました。ギベオンの住民はイスラエルに助けを頼みます。ヨシュア始めイスラエルは彼らを見捨てず、戦いに赴きました。神様も共に戦われ、ひょうを降らし、太陽さえも止められて勝利を与えられました。この戦争はイスラエルの神様の前の間違いが原因にありました。神様はとがめだてされずに、このことさえも、大きなあわれみを示されました。私たちは神様が忍耐深く、あわれみに富んだお方であるからこそ保たれているのです。この神様の愛に応えて、御心に従うものとなりましょう。 |
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