
![]() |
||
|---|---|---|
| 2日 | 「神様の『必ず』」 ルカ 1章 26-38節
佐藤直哉 牧師 |
|
| 「『神にはなんでもできないことはありません』。そこでマリヤが言った、『わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように』」。
ルカ 1章 37-38節 |
||
| 28節「御使がマリヤのところにきて言った、『恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます』」。 マリヤ自身によってではなく、「必ず」救いのご計画を実現される神様が共におられるからこそ恵みが現れるのです。 バックストン師は言われました。「あなたがたは恵みを保つ必要はありません。恵みがあなたがたを保つからです」。 34節「どうして、そんな事があり得ましょう。わたしにはまだ夫がありませんのに」。 しかし、マリヤは「わたしには…」と自分を主語にしてしまい、恵みを受け入れることができませんでした。 37節「神には、なんでもできないことはありません」。 神様はそんなマリヤに対して、「神には」と答えて下さいました。 38節「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」。 神様の『必ず』を信じ、御言葉を1部だけではなく、すべて受け入れ従うならば、必ずあなたは変えられて、神様の救いと恵みに満たされます。 |
||
| 9日 | 「信じ切った人は幸い」 ルカ 1章 39-56節
佐藤直哉 牧師 |
|
| 「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう」。
ルカ 1章 48節 |
||
| 45節「主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。 マリヤが幸いなのは、問題を乗り越える強い力があったからではありません。神様の「必ず」を信じ切ったからです。 46-47節「するとマリヤは言った、『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救主なる神をたたえます」。 「あがめる」とは「大きくする」という意味です。神様を大いなるお方と信じ切るならば、自分がどれほど弱く小さい存在でも、心配することがなくなります。 48節「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう」。 一番大切なことは、大いなる神様が、「わたしの目には、あなたは高価で尊い」とあなたを見て下さり、御子を与えるほどに心にかけて下さること、そして決してあわれみを忘れないということです。 大いなる神様があなたを常に心にかけ、必ず救いを実現されることを信じ切るならば、あなたは幸いな人となります。 |
||
| 16日 | 「神様はあなたと共に」 マタイ1章 18-25節
佐藤直哉 牧師 |
|
| 「『見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう』。これは、『神われらと共にいます』という意味である」。
マタイ 1章 23節 |
||
| 19節「夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公になることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した」。 ヨセフは公にしないという愛を決心しました。しかし、ヨセフの正しさは、マリヤを受け入れることができませんでした。 20節「彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、『ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである』」。 しかし、神様が共におられるということは、そのまま無条件に受け入れるということです。それは、十字架の苦しみを負ってでも共におられるという愛です。 23節「『見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう』これは、『神われらと共にいます』という意味である」。 イエス様は命を捨ててまでもあなたと共におられます。また、ヨセフは人間的な正しさを捨て、考えに考えた決断も捨てて神様に従いました。あなたは神様を、教会を、家族をどれほど愛し、共にいることを願っていますか。 |
||
| 23日 | 「誰も知らないクリスマス」 ルカ 2 章 1-14節
佐藤直哉 牧師 |
|
| 「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ、主なるキリストである」。
ルカ 2章 11節 |
||
| 6−7節「彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである」。 イエス様は全く余地のないところにお生れになられました。それは、どんなに閉ざされたやみの心にさえ、愛の光として宿ることができることを現しています。 8−9節「さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照らしたので、彼らは非常に恐れた」。 全世界が人口調査で右往左往しているのに、この羊飼は全く無関係でした。しかしこの数に足らない人々に、救いが真っ先に知らされたのです。 14節「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。 「み心にかなう人」とは誰のことでしょう。イエス様はどんな人のためにお生れ下さったのでしょう。それは、誰にも知られず独り悩み苦しんで心を閉ざし、愛を必要としているあなた自身のためです。 |
||











