新座教会のページへようこそお越しくださいました。
私たちは、埼玉県新座市にある日本イエス・キリスト教団新座教会です。
毎週日曜日の主日礼拝をはじめ、いろいろな催しもあります。
どなたでもお越しください。お待ちしております。

2007年7月
1日 「ささげる喜び」 Uコリント 8章 1-15節
佐藤直哉 牧師
「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである」。
Uコリント 8章 9節
 痛むほどにささげる者は、主の痛みである十字架の恵みを深く受けます。なぜなら、わたしたちの献身の前に、イエス様の献身があるからです。
 9節「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである」。
 ですから、ささげればささげるほど、イエス様によって富む者となります。それは30倍、60倍、100倍にもなります。 11節「だから今、それをやりとげなさい。あなたがたが心から願っているように、持っているところに応じて、それをやりとげなさい」。
 蓄えができたら献金しよう、熟練したら奉仕しようというのではなく、「今」持っているものをささげましょう。少年が5つのパンと2匹の魚をささげたときのように、あなたの持っているものが小さくても、イエス様が何倍にも増やして下さいます。
 イエス様はささげる者と共に働かれて、必ずすべての必要を満たされます。この恵みの業をぜひ体験しましょう。

8日 「愛には偽りがない」 ローマ 12章 9-21節
佐藤直哉 牧師
「愛には偽りがあってはならない」。
ローマ 12章 9節
 9節「愛には偽りがあってはならない」。
 偽りのない愛とは
 15節「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」。
 主のみ心を自分の心とし、相手と一つ思いとなって接することです。わたしの阪神淡路大震災のとき、わたしの恩師は「後遺症が残るほどでなければ、援助にはなりません」とアピールしました。
 14節「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい」。
 なぜなら、「罪人であったとき、わたしたちのためにキリストが死んで下さった」(ローマ5章8節)からです。
 19節「自分で復習をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい」。
「任せなさい」は、「場所を与えなさい」という意味です。「神の怒り」は「十字架」です。愛に悩むとき、あなたの心を明け渡して、十字架の愛を宿しましょう。
 あなた自身ではなく、十字架が働き、十字架の言葉が語られるときに、見せかけや演技ではない、偽りのない愛が全うされ、平和と救いがもたらされるのです。

15日 「なすところ皆栄える」 詩篇1篇 1-6節
佐藤直哉 牧師
「このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える」。
詩篇 1篇 3節
 8日の子供大会は81名の参加がありました。保護者5名、奉仕者17名と会わせると、100名礼拝を達成したことになります。人間的には不足だらけでしたが、恵みによってすべてが満たされました。
 3節「このような人は流れのほとりに植えられた木の 時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える」。
 「なすところは皆栄える」とは、決して人間的な成功ではありません。御言葉は必ずなると信じ、主に従うならば、実が結ばれ、栄光が現されるのです。
 ヨハネによる福音書15章4節「枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない」。
 ぶどうが枝に実を結ぶように、神様はわたしたちを決して無視されず、必ずわたしたちによって実を結ばれます。
 渋柿の枝も甘柿の木に接ぎ木されれば甘柿の実を結ぶように、わたしたちも神様につながれるなら、時が来ると、栄光のためのよい実を必ず結ぶのです。

22日 「オンリー・ワンの愛」 ヨハネ 21章 15-23節
佐藤直哉 牧師
「イエスはシモン・ペテロに言われた、『ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか』」。
ヨハネ 21篇 15節
15節「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。
 ペテロは「たとい、みんなの者がつまずいても、わたしはつまずきません」。と宣言したにもかかわらず、十字架にかかり行くイエス様に対して、群衆の前で呪いをかけて誓い、イエス様のことを知らないと言い張りました。
 そのようなペテロのことをすべてご承知の上で、イエス様は「わたしを愛するか」と問われ、「わたしの小羊を養いなさい」と重要な働きを任せられました。
 イエス様のわたしたちへの愛は、決して誰とも比較せず、ありのまま、丸ごとすべてを受け入れ愛して下さる、オンリー・ワンの愛です。そして、イエス様はペテロに、またわたしたちに、誰とも比較しないで、ありのまま、自分のすべてをもって、神様を愛することを願われます。
 さらに、イエス様に丸ごと愛されている恵みの力によって、隣人をそのまま、丸ごと受け入れる愛をもつことができます。  ナンバー・ワンの愛ではなく、オンリー・ワンの愛を求め、働かせましょう。

29日 「心のあり方」 マタイ 6章 25-34節
佐藤直哉 牧師
「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな」。
マタイ 6章 25節
25節「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな」。
 神様の恵みを忘れて、自分のことで精一杯になりがちなわたしたちに、神様は自然界の恵みに目を向けさせ、「思いわずらうな」と優しく諭して下さいます。
 27節「あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか」。
 どうしても禁煙できなかった人が、禁煙外来に行くことにより「これは病気だ」と悟り、自分で何とかする思いから解放され、専門家にゆだねる思いに導かれて、煙草をやめることができました。
 33節「まず神の国を神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」。
 野の花以上に装って下さる神様の恵みを信じて委ね、ただ十字架の愛に生きるならば、あらゆる思いわずらいから解放されて、解決の道が開かれます。
 あなたの心を十字架において、すべてのことを神様にお任せしましょう。