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| 3日 | 「神様が抱かれる御計画」 エレミヤ 29章 10-14節
佐藤直哉 牧師 |
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| 「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」。
エレミヤ書 29章 11節 |
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| 11節「わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」。 神様は決して災いを与えられません。人の目に不都合に見えることも、あなた以上にあなたのことをご存知の神様は、必ず最善しか行いません。 13−14節「もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、わたしはあなたがたに会うと主は言われる」。 神様は御計画の実現のために、あなたが神様のかけがえのない大切なパートナーとなることを求めておられます。 14−15節「わたしはあなたがたの繁栄を回復し、あなたがたを万国から、すべてわたしがあなたがたを追いやった所から集め、かつ、わたしがあなたがたを捕らわれ離れさせたそのもとのところに、あなたがたを導き帰ろうと主は言われる」。 神様の御計画は、地上の教会によって、エデンの園の交わりを回復することです。それにはあなたが必要なのです。 |
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| 10日 | 「天国に入る価値」 マタイ 13章44-47節
佐藤直哉 牧師 |
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| 「天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売り払い、そしてその畑を買うのである」。
マタイ 13章 44節 |
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| 44節「天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売り払い、そしてその畑を買うのである」。 天国は持ち物をみな献げても惜しくないほど、価値と魅力のあるものです。 ルカによる福音書17章21節「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。 しかも、その価値ある天国は、実はわたしたち一人一人の中にあるのです。 コリント人への第一の手紙6章19−20節「あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ」。 しかも、わたしたちを悪の支配から買い戻されるために、御子が代価として支払われたのです。わたしたちはそれほど価値のある宝なのです。 あなたの家族や友人、地域の人々の内にある宝は、その多くがまだ悪の支配に隠されたままではないでしょうか。救いのため、祈りと奉仕を献げましょう。 |
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| 17日 | 「なぜ祈るのか」 ルカ 11章 1-13節
佐藤直哉 牧師 |
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| 「あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。
ルカ 11章 13節 |
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| 2節「祈るときには、こう言いなさい、『父よ、御名があがめられますように。御国がきますように』」。 「あがめられる」とは「聖別される」という意味です。「御国」とは神様の支配のことです。つまり主の祈りは、神様が唯一の支配者としてわたしの心に住まわれるよう、きよめて下さいという祈りなのです。 8節「友人だからというのでは起きて与えないが、しきりに願うので、起き上がって必要なものを出してくれるであろう」。 きよめられないのは、祈り方が悪いからではありません。友人という親しい関係では与えられなくても、非常識でも求めれば、祈れば与えられるというのです。 13節「あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。 事実、神様はわたしたちが必要とする前から十字架の救いときよめを備えて下さいました。神様は、祈る者に必ず最も必要なものを与えて下さいます。 |
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| 24日 | 「キリストの愛の迫り」 Uコリント 5章 11-21節 佐藤直哉 牧師 |
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| 「なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである」。
Uコリント 5章 14節 |
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| 17節「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である」。 「キリストにある」とは、他の何をも頼りとせず、キリストを完全に信頼し、常にキリストから離れないで生きることです。 15節「彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである」。 新しくされた人は、十字架の愛によって自分自身から解放され、ただ神様と人のために生きる者とされます。 14節「なぜなら、キリストの愛が強く迫っているからである」。 キリストの愛が強く迫り、完全に満たされ、守られているから、自分のことは全く心配しなくていいのです。 20節「神がわたしたちをとおして勧めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者なのである」。 使者とは大使とも訳せます。キリストの愛の迫りによる絶対的守りと権限があるので、どんなに悪がはびこるところにも、救いをもたらすことができるのです。 |
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